世界は、悪意敵意怨恨で充ちている



世界は、日本に対する悪意敵意怨恨で充ちている。日本国憲法にあるような善意信義博愛を前提とできる状態ではない。
世界が日本に対する善意信義博愛をもって日本を侵略しないなどと信じるお人好しなど世界中探してもどこにもいない。

よく非武装を日本人から申し出たのだと誇らしげに言う者がいるが、それは物の本質を理解していない愚か者が言う事である。現実を直視できない臆病者である。
日本人が自らマッカーサーに申し出たらマッカーサーが涙を流して喜んだというのは、当たり前である。
日本人が自らアメリカの植民地になる事を申し出たに過ぎないからである。それは恥にこそなれ誇りにはならない。
戦後日本の独立が守られてきたのは、自衛隊の存在があったからであり、アメリカの後ろ盾があるからに過ぎない。
自衛隊が存在しなければ家畜の独立でしかない、ペットの自由でしかない。

日本人は、その点を全く理解していない。安全というのは、何もしなくても保たれると思い込んでいる。平和は、自分が丸腰になれば保たれると思い込んでいる。
厭な事は目を瞑れば何とかなると思い込んでいる。臭いものには蓋をしろと言わんばかりである。

世界は、日本に対する悪意敵意怨恨で充ちている。それを受け止めなければ平和一日たりとも保てない。
世界は、日本に対する悪意敵意怨恨で充ちている。だからどうなんだ。
だから、己を信じ、己の正義を貫く以外に生き残る事はできない。
どれ程、迎合して処で悪意敵意怨恨は容易くは消えない。
なぜなら、それは相手の都合だからであり、こちらの都合など、気持ち等どうでもいいからである。
世界は、日本に対する悪意敵意怨恨で充ちている事を覚悟すれば、己の生きる道も定まる。相手の善意正義愛情にすがろうとするから我を失い、悪の手を染めるのである。
世界が日本に対する悪意敵意怨恨を持っている事を認めれば、平和を守りようもある。幻想やありもしない期待を頼っている限り、真の平和なんて訪れはしない。
平和に生きていきたいというのなら覚悟が必要なのだ。
日本人は、日本人としての矜持をもって生きていく以外に生きる道はないのである。

人は皆平等だなんて言ったところで日本人に対する差別がなくなるわけではない。今の、日本人は自分たちが差別されている事さえ気が付かないお人好しなのである。

日本の自由と独立を守ってきたのは、間違いなく自衛隊である。それだけは断言できる。
平和憲法が日本の自由と独立を守ってきたわけではない。世界は観念によって支配されているのではない。餓えや渇き、欲望によって動かされている。それが現実なのだ。

自衛隊があるから他国の侵略を受けずに済む。そんことは、日本人の大多数はわかっている。明確に自覚してなくとも薄々は勘づいているはずだ。
わかっているけど認めたくないのだ。認めてしまうとのけ者にされてしまうように思うからだろう。
自衛隊を認める事は自分にとって都合が悪いから自衛隊を認めようとしない。自分と自分の家族の生命財産を昼夜守ってもらっているというのにである。

諸国民の善意信義誠実博愛を信じたいというのは願望であって現実でも、真実でもない。
願望を信じて自分のみならず家族や同胞の生命、財産を危険にさらすのは、単純にエゴである。

結局、ありもしない、信じてもいない事をただ受け入れたくないという理由だけで誤魔化して生きるのは、不実である。
まず現実を直視する事を日本人は学ぶ事なのである。




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